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これから始まる物語

これから始まる物語
男女二人掛け合い台本
約40分
SE、BGM指定なし

柚月 もはや人外、チーター、なんでもありの「神」のような人間。

皆桐 性格はクズだが頭のキレる探偵。詐欺師と紙一重。たまにイケメン。

現代日本のとある時空。皆桐の生きる時空に飛んできた柚月。
 どちらも我々の世界と似たり寄ったりだが、異能を持つ者が身近でない皆桐の生きる時空の方が、我々の世界に近い。
 とある人外を追って時空間移動してきて、着地をした柚月とたまたま近くで見ていた皆桐がいる。



柚月:さて、と。いつかもやったな、この時空間移動(じくうかんいどう)…。
そんな頻繁にはしないけど、相手が人外である以上は寄生している世界軸の人間だけでは対処できないことがあるからな。
まあ特殊な力を持つ人間がいる俺の世界線が特殊といえば特殊なんだが。

皆桐:……すみません、そこのお嬢さん。少しお話を聞きたいんですが…

柚月:(皆桐を無視して)うん、仕方ない。時空移動できる人外がいるのが悪い、俺が取り逃したわけじゃあない。
さっさと捕まえて、さっさと帰ろう。人間としての仕事はないからな、パッと片付けてダラダラしたい。

皆桐:ちょっとお嬢さん。あれ?声が聞こえてないのかな?それとも無視されてる?イジメ、良くないよ。
まあ幽霊だの怪物だの化け物だとしても、俺は今更もう驚かないけどね。けど街の人はビックリだ、どうしたもんかね。この幽霊らしくない幽霊さんは。

柚月:はぁ…めんどくさいなぁ。そもそも世界軸の追跡をして、同じような地球で人外探しなんて見つからないよなぁ。
見つけなきゃいけないから見つけるけど、どんだけ大変かって話でさ。なんで別時空から俺が寄生している時空に来るんだよ、まったくもう。

皆桐:…うーん、とりあえず肩を叩いてみよう。…トントン。あのさー。お嬢さん、俺が見えますか?

柚月:うわぁ!?なに、ビックリした…。えっと道は分からないので他の人に聞いてください。すみません、急ぎますので失礼!

皆桐:声も聞こえてるし幽霊じゃないな。ということは…精神的におかしくなってるのか、単純にヤバいのか。神でも化け物でもなさそうだし。
…うーん、会話ができないと困るんだよな。恐らくこの人が唯一の手がかりだし。

…トントン。道を聞きたいんじゃないんですよ。俺はあなたにとって有益な情報を持っています、まあ話を聞いてください。

柚月:本音ダダ漏れだよ、失礼な奴だな。なんだ幽霊って。精神的にも頭も問題なく普通だわ、一般人だよ!
それにたかが人間のお前が、俺の欲しい情報を‪持ってるだと?そんな都合がいい莫迦(ばか)な話があるかっつーの。
じゃあな、バイバイ。

皆桐:うーん、じゃあ最後に少しだけ聞いてよ。

柚月:なんだよ、さっきからしつこいな。幽霊と話したいなら墓場に行ってこい。

皆桐:「人攫い(ひとさらい)」、「人じゃないもの」、「黄泉がえり(よみがえり)」
……どうかね、これでも興味は湧かないかい?

柚月:……お前、普通の人間だよな。…なんでそんな単語が出てくる?お前なにものだ?

皆桐:打って変わってすごい食いつき。

柚月:俺の独り言を盗み聞きして「人じゃないもの」って単語が出てくるのは…まあ分かるけどな。
でも普通に生活してる人間が、そこに追加で「人攫い」はまだしも「黄泉がえり」なんて言葉が重なることなんてないんだよ。答えろ。

皆桐:まあ話を聞いてくれるようになったから、ある程度の上から目線は目を瞑ろう(つむろう)。いや、もしかしたら本当に「上(うえ)の人」なのかもしれない。
で、えーっと。俺は皆桐 杏一郎(みなぎり きょういちろう)、探偵をしている。

柚月:探偵ぇ?胡散臭い(うさんくさい)ったらねぇ肩書きだな。
推理力があるって言いたいのか知らんが。俺が知ってる探偵は閑古鳥が鳴きやまない、犬猫探ししかしないもんだ。

皆桐:そうだね、家借りるのも大変なんじゃないかな。それに俺は犬猫探しは断ってるんだ、めんどくさいからね。
ただ探しものはしているよ、犬猫じゃなくて志田(しだ)君を探しているんだ。えっと、君の名前を聞いてもいいかい?

柚月:俺か?俺は柚月(ゆづき)。苗字なのか名前なのかは好きに想像してくれ。何者でもない、ただの「柚月」だ。
んで?しだ、だっけ?それは人間か?

皆桐:ゴリラみたいな人間だ。あー、待って。今のなし、柚月にそういうと人間じゃないって思われる可能性が高すぎる。
力の強いただの人間だ、一般人だよ。そして俺の助手、つまり探偵助手なんだけどね。一週間前から行方不明なんだよ。
あのゴリラが拐われた(さらわれた)とか殺されたのは考えにくい。

柚月:ほー。で、なんで死んでないと思うのに「黄泉がえり」って単語に行き着く?

皆桐:俺もせっかちだけど、柚月もなかなかだね。言ったろ、探偵だ。人探しの依頼が来てね。そっちは死んでて、生き返った。
あ、あー。なんだ、こういう人智(じんち)を超えた事件に当たるのは二回目なんだ。人がよく分からないものに操られるとか、実験の道具にされるとかね。

柚月:分かったような、分からないような…。つまりなんだ、皆桐は人ならざる存在や力に理解があるってことか?
依頼の死んで生き返った件(けん)、詳しく教えろ。志田なる奴はあまり事件の肝(きも)にはなりそうもないからな。

皆桐:依頼内容はこうだ。「死んだ筈の嫁を街中で見掛けたんです!」。バカバカしいと思ったけれど、死亡診断書を書いた医師からも看取ったと証言を得た。
だから死んだのは事実らしいんだけれどね、その死んだ人間が見えるなんて有り得ない。……幽霊なんて、いないんだからな…。

柚月:(挑発するように)え、なに。探偵の皆桐くんは幽霊が怖いの?

皆桐:怖いだろ!人を蘇らせる神なんていたとしても、幽霊のほうが何百倍も何億倍も怖いわっ!

柚月:え…。あ、ごめん、思わずドン引きした。

皆桐:……あー、ごめんよ。まあその依頼主は働き盛りの男だ。「日常のふとした場面に居るんです。手を伸ばそうとすると消えてしまって…」なんて言われたらな。
診療内科を紹介して報酬貰って終わるかと思ったら、他にも複数人いたんだ。幽霊なるものが「見える」とか言う人間がね。

柚月:えぇ…。「アイツ」を逃がしたのは今日だからな、この幽霊話は今日始まったことじゃないだろ?別の「なにか」の仕業なのか…?
なんか話がややこしくなってきたな。…皆桐の相棒の、えーっと?戸田だか尾田だか三田はいつ拐われたんだ?

皆桐:記憶力が老人並みだな、なんにも覚えてないじゃないか。志田君だ。し、だ。
彼はこの事件を調べてるときにいなくなったんだよ。病院でね、少し別行動したら忽然と消えた。俺は志田君を助けたい。協力してほしい。…無償で。

柚月:んー。確かに俺が追ってる奴と無関係の現象とは言えなくないんだよなぁ。ただ時系列がおかしいのが気になるな。
俺は今この世界線に来た、日時は向こうと同じになるように設定した。…んー、一週間前だっけ?皆桐の相棒が消えた日は。

皆桐:そうだ、正確には8日前になる。柚月が追っているヤツが今日、来たんだとしたら…いや、正確にはこの世界から柚月のいる世界に行って、「帰ってきた」のなら。
元々そいつらが協力関係だった可能性はあるな。どうだ、柚月の独り言からの推理だ。なくはない話だろう?

柚月:盗み聞きとは趣味が悪いな。

皆桐:柚月のアレを盗み聞きと言うなら…もうなにも言うまいよ。

柚月:まあいいか。確かにこっちの世界には超能の力を持つ人間は多い。皆桐の言っていた一回目の事件の概要は分からんが、人体実験をしているなら…。
奴が来た理由にも合点(がてん)がいくな。それならこのまま帰ると、あとあとが面倒くさそうだから…いいよ、「無償で」協力してやるよ。

皆桐:助かるよ、金はあるが払いたくないんでね。じゃあ行こうか。

柚月:どこに?まさか犯人の目星がついてるのか?

皆桐:いいや、柚月が知っているんだろう?
別の時空から追ってくるなんて芸当をしておいて、俺と話をしていたら見失いました。なんて笑い話はないだろう。

柚月:いや知らんよ。皆桐と話す前からどこに行ったかなんて把握してない、この世界線に行ったことしか分かってない。
これからこの地球のどこにいるか探そうと思っていたところだけど?

皆桐:は?……え?マジか。この辺(あたり)一帯の市区町村(しくちょうそん)ではなく、都道府県でも、ましてや日本でもなく。地球…天体規模から?
え、マジで。ちょっと…それは無理だろ。ってか分からないもんなのか?気配とか、なんかそういう霊感みたいな?

柚月:さすがにまだこの辺りにいるだろうとは思ってるよ。ただサーチしてみないと分からんからね、特殊な事件だ、物事は正確に言うべきだろ。
と言っても、ここまで拙い(まずい)手合い(てあい)だとは思ってなかったな。隠密(おんみつ)されたら厄介なんてもんじゃない。
…取り敢えずサーチしてみる、少し静かにしてろ。

皆桐:…なんで俺の周りの人間は俺に「静かにしてろ」って釘さすんだ?

柚月:詠唱開始。
……いや、待て。皆桐、志田とやらの写真はあるか?ケータイに保存されたものじゃなく実物の写真が良いんだが。

皆桐:はぁ?持ってるわけないだろ。気持ち悪い。今どきフィルムで写真を撮ることも少ないのに、現像(げんぞう)した写真なんて持ち歩かんだろ。
五十歩、譲って家族写真なら分かる。奥さんと子供の写真を、働いてる旦那が持ってるとかな。奥さんでも不自然ではない。
百歩、譲って結婚写真もまだ分かる。新婚だったり、仲睦まじい(むつまじい)んだろう。特に新婚なら結婚式で写真を撮るからな、一番自然だ。
五百歩、譲って恋人の写真…ケータイの写真なら普通だけどね。現像したものって少し道を外すとストーカーだろ。
それで何が悲しくて恋愛対象が異性の俺が、同性で同級生の写真を持ち歩かなきゃならない?

柚月:どうどう、落ち着け。怒涛のラッシュだな。言いたいことは、ひしひしと伝わってきたけど…皆桐は志田を探し歩いていたんだろ?
「この人を見かけませんでしたか?」って写真でも見せていたんじゃないかと思っただけだ、聴き込みするまでもなく推理できた感じでもなさそうだし。
その辺はどうしてたんだ?似顔絵とかか?

皆桐:あ。……そうだった、でも昔の卒業アルバムの写真を拡大プリントしたものだ。これで大丈夫なのか?現像したものじゃないぞ?

柚月:卒業アルバム?そういえば、さっき同級生って言ったな。仕事の相棒じゃないのか?

皆桐:中高と同じ学校でね。探偵しようと思ったときに声をかけたんだ、一人じゃ絶対的に人手が足りないからな。だから仕事だけの間柄じゃない。
とはいえ一緒に写真なんて撮るような間柄でもない。そもそも男同士、しかも二人で写真は撮らないだろ?

柚月:一理あるが。しかし、なるほど…それであんなに真剣に「志田君を助けたい」って言ってきたのな。ただの同僚というより友人ということか。
写真は取り敢えずプリントでもいい、見せてくれないか。見ないことには使えるかどうか判断ができないからね。

ー皆桐、ポケットから紙を取り出す。

皆桐:真剣じゃねぇし。で、はい、これ。これが写真のプリントなんだが、どうかね?ヨレヨレで折り目もついているからダメ?

柚月:少し待って。

皆桐:目を瞑って、手を翳して(かざして)。なにが分かるんだ?もしかしてエスパー?俺の探偵って肩書きと同じ…いや、それ以上に胡散臭いぞ。

柚月:少し黙ってろ!茶々を入れるな、喋るな、息を止めてろ!

皆桐:あい。

柚月:生体反応は確認。皆桐よかったな、こいつ生きてるよ。それじゃ改めて、詠唱開始。
詠唱は三節(さんせつ)。
賢明(けんめい)なる大地よ・彼の者を追跡し・汝(なんじ)の威光(いこう)を示せ!

(エスパーのように)………えっと、場所は…ここから近いな。徒歩圏内…いやギリギリ徒歩圏内ってとこか、一番はチャリだと楽な距離だな。
もう少し同期したいけど…うーん。
ここは…研究所?違うな、なんだここ……病院か?眠いのか視界が薄らぼんやりしてるな…ん、志田は拐われたんだったか。だとしたら少しまずいな…。
(目を開けて)皆桐、急ぐぞ!志田が危ないかもしれない!

皆桐:(手で口を覆い、小声でフガフガ言う)

柚月:どんだけ律儀なんだ、もういいよ。ってか喋れ、意思疎通できないだろ。お前本当にこの志田を助ける気はあるのか!?

皆桐:もちろん、あるとも。探偵とエスパーという胡散臭い二人で解決してやろう。
助手がいないと雑用を押し付けられないしな。よし、生体反応があるうちに志田君を助けるぞ。柚月、どこに行けばいい。
正確に分からないならヒントをくれ、この辺りなら土地勘(とちかん)があるから、ある程度の建物なら分かるかもしれない。

柚月:いや大丈夫だ。生体反応など諸々から場所は特定した。歩きだと若干遠いから急いで走るぞ。皆桐、付いてこい!
走れなくなっても走れ。お前の相棒が命の危険なんだ。死ぬ気で走れ!死んでも走れ!

ー二人が全速力でかけ出す。
貧弱に見える皆桐だが、しっかり化け物体力の柚月に付いて走る。

皆桐:その言葉は本末転倒だな…けどどれだけ緊急事態なのかは察しがついた。…いいだろう、肺が痛くなっても走り続けてやる。そして志田君を救う。
俺の命と引き換えになったとしても…志田君は、志田君だけは、親御さんのもとに必ず帰す。
柚月、一つだけ頼む。志田君と俺を天秤にかけなければいけなくなったら、志田君を助けてくれ。志田君には帰りを待つ人がいるんだ。頼む。

柚月:その望みは聞いてやれないな。もし志田が瀕死の怪我で、お前が軽傷なら助けるのはお前だ。仮に志田とやらを助けて蘇生できなきゃ意味がない。
それもと二人は一蓮托生か?仏教の「死んでもまた同じ蓮の花の上で生まれよう」なんて話を信じてるなら、俺が纏めて殺すけど?

皆桐:それでも俺には帰りを待つ人はいない、だから…

柚月:……両親がいないのか。それでも志田とやらはお前を犠牲にして喜ぶのか?お前が昏睡状態になっても、気にも止めず帰りを待たない関係なのか?
パニックになってないで頭を冷やせ、バカたれが。お前も志田も生きて帰る、それだけが目標だろ。それ以外の選択肢を考えるな!

皆桐:………。ふっ。頼もしいお嬢さんだ。確かにその通りだな、そうだな少し俺は焦りすぎていたようだ。全員が無事に帰る。それだけだ。

柚月:…………、こいつ今とんでもないこと考えやがった。
まあそういう思考の持ち主なら今なにをどう言っても覆る(くつがえる)もんじゃない。だからもう何も言わないけど。
そういう考えはいつか大切な人を失うぞ、とだけ言っておく。自分だけが傷付きたくないだけだかんな、それ。

皆桐:……ご忠告ありがとう。だが問題ない。今までも、ずっとそうやって切り抜けてきた。アイツと俺は真逆だからな。
…ん?あれ?病院に行くんじゃないのか?志田君が消えた病院はあっちにあるぞ。おい柚月、道を間違えてないか?

柚月:間違えてないね、そっちは今も経営してる総合病院だろ。志田がいなくなったのは、その隣のボロい旧棟の病棟じゃないのか?

皆桐:なんで……ああ、君エスパーだったね。うん、そうだよ。だから病院って聞いて、そこを思い描いた(えがいた)んだけど。違うのか。
じゃあどこの病院に行くんだ?そもそもこっちに病院なんて……ん?ちょっと待て、病院?この方角で病院って…あそこ人なんているのか?廃病院だぞ?

柚月:察しが早くて助かる。皆桐たちが調べていた医者の隠れ蓑(みの)っぽいな。まあ死体を勝手に弄る(いじくる)なんて表じゃできないわな。
そこに志田がいる、少しは状況が飲み込めてきたか?かなりヤバい、医者はいいとして。志田があまりよろしくない。

皆桐:ああ、なるほど…。それじゃあ急ごうかね。

ー柚月、皆桐、十数分のマラソン。
息が上がる皆桐に対して、ケロリとしている柚月。
とある住宅街から少し離れた場所にある廃病院前。

皆桐:はぁ…はぁ…はぁ…、相手が何するか分からない、慎重に入ろう。

柚月:そんな時間ねぇっつってんだよ。正面突破すんぞ。

皆桐:あとそれと。

柚月:この期に及んでなんだよ?

皆桐:柚月、君は一人称を「私」にした方がいい。いや何か不都合があるなら別にかまわないんだけれどね。女の子は「私」がいいよ。

柚月:は………?

皆桐:なんだろうね。今この状況で言うことでもない気がするんだけど、でも今しかないという気もしたんだよ。
柚月は「俺」とか荒っぽい言葉使いをして、男らしくしているだろ。それが本人の性格や自然体なら別にいいんだ。でも柚月は…うーん。
義務感?責任感?上手く言えないけれど、そうせざるを得ないような?でもここは柚月のいる世界とは違う、無理する必要はないって言いたかった。

柚月:………なかなかに鋭い(するどい)ね。さすが探偵だ、皆桐。でもなぁ、長年これだったから。急には難しい要望だ。
でも確かにこのままガス抜きできないのは…。まあ善処するってことで。突入するぞ。

皆桐:あ、もっと重要なことを言っておく。この廃病院の内部が分かっていないようだったからな、大まかな見取りを口頭で説明する。
柚月なら理解して覚えられるだろう。まず入ってすぐ右手に受付、左手に待合室。受付から少し中の診察室が見える。廊下の右手に診察室に入る扉。
その扉を過ぎて数歩で左折、少し長い廊下。廊下の先に部屋が一つ、こっちも診察室だ。つまりL字形の建物で、診察室は二つだ。

柚月:やけに詳しいな…いや詳しすぎるな。小さい頃に皆桐が世話になってた病院、って訳でもないだろ。こんな住宅街の外れにある病院なんて。
しかも近くには大きな総合病院。あっちの病院が新しいとはいえ、この廃病院の老朽化の具合と皆桐の見た目年齢…実年齢も調べれば分かるがな?
この病院はたぶん皆桐が産まれた頃か、それよりも前に放置された感じだろ。
…皆桐、最近ここに入ったな?

皆桐:まあ調査の一環でね。そんなことどうでもいいだろ。志田君が心配だ、早く入るぞ。

柚月:強盗宜しく正面から乗り込み、不法侵入した、と。探偵の領分を越えてない?

皆桐:言っとくが今だって不法侵入だからな。

ー柚月と皆桐が廃病院に入る

柚月:受付の近くには、さすがに誰もいないか。……ん、ちょっと待て。今、受付から見える診察室でなんか動いたぞ。
暗くてよく見えないな、なんだあれ?妖怪「黒玉(くろだま)」か?いや、この辺りに生息してたっけか?

皆桐:あれは………人だ。体育座りで縛られた人間が、すし詰めになってるんじゃないか?集合体恐怖症には辛そうな絵面だな。

柚月:ってことは、追ってきた奴と「黄泉がえりの神」は左に曲がった診察室かな。あっちはたぶん戦闘になるぞ。
皆桐は…どうみても戦闘に向かなそうだな。貧弱っていうか、なんか…うん。いかにも頭脳型って感じだもんな、探偵だし。

皆桐:よし、じゃあ柚月。そっちは君に任せた。俺はこっちの診察室の対応をする。志田君もいるかもしれない。
すし詰めになってるなら志田君を見つけて、人手を増やした方がいいしな。でもあの奇々怪々(ききかいかい)な生物もほっとけない。
かと言って普通の人間が戦力になるとは思えない。だから戦闘がありそうなら君が行った方がいい。独りでどうにかなるのか知らんが。

柚月:あ?どうにかなるわ。……まあ役割分担はそれでいいよ。人間の方は任せた。おれ…あー、私が謎の医者と謎の生物がいるであろう部屋に行くよ。
普通なら男が戦闘して、女が人質(ひとじち)の解放すんだけどな。なんかおかしいな?まあ男女平等の世になったってことでいいか。

ー二人、背中合わせのイメージ

皆桐:そっちは任せた。

柚月:よゆー。

ーガラッと扉を開ける皆桐、と同時に廊下を走り出す柚月
ー柚月のシーン
ガラッと扉を開ける

柚月:あー。あの医者ヤバいわ、目がどこかイッちゃってる。手遅れか。んで、あれが皆桐が言ってた「化け物」ね。そしてやっぱりいました私の標的!
皆桐の依頼は「人が蘇った」だったな。私の標的が優秀な肉体を集めて、皆桐の標的が「死者蘇生」を施そう(ほどこそう)としたのか。
でもな「死者蘇生」なんて「神」でも「人神(ひとがみ)」でもできないんだよ。だから失敗した魂が一般人、特に生前長くいた人に映りやすくなった。
この意味、分かる?「宇宙人」さん?

ー謎の生物が金切り声のような、モスキート音に近い音を発する。柚月だから聞き取れたような音。

柚月:あーやだやだ。人語じゃなくてもコミュニケーションが取れない「異物」って。まったく、宇宙で大人しくしてりゃいいのに。…消えな。
詠唱開始!

ータイプ/ジェーノス(Genus)
クゥワントム・マテイリア!(Quantum Materiae)

広大なる宙(そら)よ・猫の天秤傾くは(てんびんかたむくは)・無限の枝
完全防御。全ての攻撃は形なきものによって俺の身を守る。放たれた力は力の主に返る!

ーアド・スパシオ!(Ad spatio)

や な かでぃしゅとぅ にるぐうれ すてるふす……

よし、一体は消した。二体目に留めだ。
世界の理(ことわり)・神ならざる異形・全てを排除せよ!

ーアラエディ!!(Redi)

………ふう、取り敢えず無力化したかな。かなり一方的だったな。まあ「宇宙人」が「神」に敵う(かなう)わけないんだけどね。

ー皆桐のシーン
部屋を少しじっくり見回す

皆桐:すごい数だな、ここの人間は全員「生贄」として集められたのか。柚月と推理すると大概あたってるのは凄く楽しい。
俺と推理力が対等な人間、そうはいないからな。
おや、志田君。探したよ、勝手にどこ行ってたの。…ん?志田君?……熱い、すごい熱だ。とにかく縄を解いて(ほどいて)。
お、医療用のメスかな。これであとは元気な人から縄を切って出て行ってもらおうか。寝かせるスペースもない。足の踏み場もないんだけど。

…えっと。これからお前たちを助けてやるけど、具合が悪いヤツは残れ。あと医者に妙なことされたヤツもだ。医者が毒を盛ったかもしれない。
死にたくなかったら残れ。それ以外は速やかに家に帰るなり、ここから避難しろ。人がこんなにいたんじゃ酸欠になる。けどパニックにはなるな。
ドア付近から行くぞ。パニックになったら縛りなおすからな。じゃあまずお前から…

ー暫くして

ふぅ…全員の縄を解いたし、体調不良は志田君だけだったな。診察台の上に寝かせはしたけど…俺は医者じゃないからな。なんで熱があるのかサッパリだ。
取り敢えず解熱鎮痛剤(げねつちんつうざい)は飲ませたが。柚月が戻ったらこの熱についての治療法を知っているか聞こう。俺の手には余る。
お、そういえば……よし、南無三(なむさん)。

ー柚月のシーン

柚月:なーんで倒しても倒しても黄泉がえるかな。いや、宇宙人は単なる蘇生とか復活だな。まあ言葉はなんでもいいけど。
蘇生阻止を入れてもゾンビみたいに立ち上がるのは何でだ。こっちの体力や魔力とかゴリゴリ削られるんだが。
…!皆桐は俺に会った時に「神」って言ってたな。なんで地球外生命体みたいな見た目で「神」なんだって思ったけど、俺も「人神(ひとがみ)」だし。
「信仰」があれば何でも「神」になる、忘れてたわ。神殺しの武器、持ってきてないんだが。
うわっ、考え事してたら…クソッ、しくった!おまえ手がデカいんだよ、離せっ!腕ごと胴体掴むなっ!はーなーせっ!

ータイプ/ミスティーリオ(Mysterio)
フィーデス・セチェーンネレ!(Fides secernere)

くっ、力が神憑って(かみがかって)ても、肉体は人間なんだ、よ…。体が、おし、つぶされ…

ーエヴァニッシ!(Evanescet)

ダメ、か…俺が、消される……。それ、な、ら…、来世は…どんな…じん、せ…

ー目の前が一瞬真っ暗になる(一呼吸の間)

皆桐:(優しく)おいで、柚月!

柚月:み…な、ぎり…?……どこ?え?
……!おおっ!って、え?

皆桐:おいで!

柚月:いやいや、俺の足先がドロドロ溶けてる!……これは、なるほど。「黄泉がえり」か。惨い(むごい)ことをしたな、宇宙人。
お前らが消えても、この魔術が消えないのなら…いっそ好都合だ。

ーモールセ・デウス!(Mors deus)

ーディストラークト・スウィ!(Destruct sui,)

神を殺せるのは人だけだ!
この口は神の口に非ず(あらず)、この口は神を否定す
この声は神の声に非ず、この声は神を断罪す
この四肢は神の意志に非ず、この四肢は神を殺す
ちはやぶる神代(かみよ)の息を打ち破る!

…私の自己存在を否定する呪詛(じゅそ)は、周囲の神も纏めて殺す。いわゆる自爆みたいなものだ。でも私は既に黄泉がえりを始めてる。
まさか別時空に来て、神殺しをすることになると……うっ。なに、気持ち悪い…内蔵が浮いて、おぇっ!なん…うっ。

皆桐:意識をそっちから手放せ、早くしないと柚月も死ぬぞ。こっちは安全だ、あの化け物もいない。ほら、おいで。

柚月:吐き気で、それどころじゃ…おぇっ!うっ…気持ちわるっ…

皆桐:おそらく細胞レベル以上の細さ(こまかさ)で、「生きたまま」身体を蘇らせてるんだ。内蔵が中途半端に分裂してるから気持ち悪いんだ。
意識を手放してしまえば楽になる。こっちには既に君のものと思われる、足から太ももまでが再現されているよ。だから安心したまえ。

柚月:ダメだ、意識をなくすのってこんなに大変なのか。うっ。自己否定の呪詛も相俟って(あいまって)、だめだ…気持ち悪い…。
い、いっ、いで、うっ!

皆桐:吐くなよ。いやまあそっちで吐かれるぶんには迷惑じゃないんだがな。柚月、早くしないと本当に死ぬぞ。

柚月:ーイベーレナ・ラテーベラ!(Hiberna latebra)

皆桐:ん?無理やり昏倒(こんとう)したのか。まさかこんな仕組みだとは思わなかったな。緊急時の脱出に使おうかと考えていたが…ふむ。
普通の人間に使ったら死ぬ…いや魔術らしき蘇生をするのにそれなはい。たぶん頭がおかしくなるのか。なんにせよ、あのお嬢さんに使えて良かった。
こんなもの残せない。

ー土塊がドロリと姿を変え、頭まで柚月そのものになる。
柚月の身体にゆっくり意識が戻る。

柚月:ん…

皆桐:おかえり、柚月。

柚月:あれ、吐き気しない。え?ってかここ、どこ?

皆桐:棺(ひつぎ)の中だよ、おかえり。見事に黄泉がえり成功したね。

柚月:棺!?縁起でもない!なんで棺なんだ!

皆桐:知らないよ。前にここを調査したときに見つけてね。なんとなく使い方は分かったけど、死んだ人間で実践することはできない。
いやあ柚月が来てくれて助かったよ、諸々ね。志田君も処置室に運べたし、こうして柚月を救出もできたし、棺の中にあった怪しい土もなくなった。

柚月:ここ…総合病院の旧棟か。ほんと、とんでもないことをしてくれたな。あの宇宙人ども。んで、志田は新しい病棟の処置室か。
どうやって来た?なにがあった?

皆桐:普通にタクシーだよ。志田君は高熱があってね、今は点滴をしているよ。疲労とストレスそれから軽い水分不足が原因らしい。
それより医者と化け物はどうなった?

柚月:どうもこうも、医者は部屋に入った時には既に廃人だったよ。「娘を…娘を…」ってブツブツ言ってた。娘を生き返らせたかったんじゃないか?
狭い部屋だから物理的に邪魔だったんだろう。戦闘になったら宇宙人に殺された。
その宇宙人は知っての通り、皆桐が私を黄泉がえらせてると知って心中してきた。動かぬ骸(むくろ)になったのは確認したよ。

皆桐:おっ、いいね。

柚月:はぁ?人の苦労のなにが…!

皆桐:(遮って)一人称「私」。語感ももっと柔らかくなると尚いい。君によく似合うよ。

柚月:は………?

皆桐:いつもピリピリしてるから、あまり言われないのかな。あぁ、なら「黙ってれば可愛い」って言われない?

柚月:この身体に産まれて一度も言われたことないな。喧嘩売ってる?

皆桐:いいや。俺はそう思うって話だよ。見た目だけじゃなく雰囲気が、いいとこのお嬢さんなんだよね。君の境遇はよく分からないけど。
産まれる世界が違ったら、きっと常に身構えることなく、淑やかにいられたんじゃないか?
あくまで想像だし、君にこの話をしても「たられば」であって、そう生きたかったかもしれない。だからこれは「呪い」だよ。俺の奥義だ、ははっ!

柚月:………お前ほんっとクズだな。依頼料を「誠意」とか言う以上にクズで救いがたい。はぁ…「コギト・エルゴ・スム(Cogito, ergo sum.)」、だよ。

皆桐:なるほどね。「我思う、故に我在り」(われおもう、ゆえにわれあり)。今ここに存在している君しか証明はできない。確かにその通りだ。
ならばこう返そう。「ディスケ・ガウデーレ(Disce gaudere.)」そういえば柚月はラテン語圏の出身なのかい?さっきも向こうで叫んでいたね。

柚月:「楽しむことを学べ」、ね。っつかラテン語圏ってどこ、行ったこともない。詠唱は日本語や中国語や英語よりも楽だから好んでいるだけ。
それでラテン語…単語だけ詳しくなったんだよ。日本語みたいに単語が多くないから一つの単語で複数の意味を持つ。魔術詠唱に最適なんだよ。
英語は仕掛けに気付かれやすい。中国語は個人的に発音しにくいだけだ。口にする文字数で言えば優れてるんだけどな。

皆桐:柚月は頭がいいのか悪いのか、いまいちハッキリしないな。主に西ヨーロッパだよ。その中でもバチカン市国の公用語はラテン語。
魔法なんてない世界だけど知識はあればあるだけいいからね。勉強になったよ。情報は金になる、父母に逢うては父母を殺せと並ぶ座右の銘だ。

柚月:ガチでクズ。親がいないとはいえ金持ちなのになんで金に執着するんだ。それこそ探偵をやってられる程度に財はあるって言ってただろ。

皆桐:まあ知識と同じく金もあって困るものじゃないし、そういう方が有能な探偵っぽく見えるだろ?探偵と詐欺師は紙一重だろ?

柚月:いいや、ただのろくでなしだよ。それ以下ではあるかもしれないが、それ以上ではない。間違いなくね。詐欺師って肩書きなら納得するけど。
まあもういいや。そろそろ元の世界線に帰るよ。……色々ありがとうな、皆桐。ここまで対等に助け合えた人間は始めてだ。

皆桐:ああ、こっちこそサンキューな。俺的には帰らず、この世界で女の子らしく暮らしてほしいけど。まあそうもいなかいんだろう。
向こうでも達者で、って言われるまでもないか。……うーん、まあもう会うこともないんだろうからな…。
柚月、お前いい女だよ。

柚月:はっ…はぁ!?な、な、なんっ!はぁ?……お前よくそんな小っ恥ずかしいセリフを吐けるな。頭おかしいんじゃないのか?
…じゃあ私からも、と言うかさっきの「楽しめ」に対する返しだ。まあこれでも楽しんではいるんだよ。皆桐が思うほど悪い世界線じゃない。
この世界線には初めて対等な頭脳を持って思考や推理ができる人間に出会えた。こっちにも人間離れした推理力の持ち主はいるが…あれは違う。
だから楽しかったよ、皆桐。

皆桐:志田君とは全く違う相棒ができたと思ったんだけどな。彼は俺の好きなようにさせてくれる大切な友人だ。でも柚月は…。
お互いに自由に動くが、互いの目的を理解できると言うか。…やっぱり返したくないな、有能な人材はいくらいても困らないからな。

柚月:生憎と探偵にはなる気はないよ。確かに窮屈(きゅうくつ)なこともあるが、向こうで神様みたいな人間やっているのも意外と楽しくてね。
…皆桐も志田も、元気でね。ピンチになったらまた呼んでよ、さっきみたいに。また、私を呼んでほしい。駆けつけるから。

皆桐:…ふっ。おいで、柚月。最後に握手をしよう。たった一日だけど、楽しかったよ。

柚月:くすっ。「私」なんて言うのは後にも先にも今日だけだろう。皆桐といた時間は新鮮だったよ。

ー二人、握手を交わす。

柚月:それじゃ、もう帰るよ。長居すると向こうにも影響が出るからね。じゃあバイバイ。さようなら、皆桐。
時空座標を指定。空間移転を命じる。座標は帰路(きろ)。移動、特殊世界線へ。

ー柚月の体がスッと消える。

皆桐:本当に他の世界から来たのか、体が一瞬で消えるなんてね。初めて見たし、もう見ることはないだろう。今日は一日夢でも見ていたようだ。
…柚月は「バイバイ」って言ったけど、俺は言わないよ。万が一、億が一でもいい。また会える日があると希望を持つのは悪いことじゃないだろ?
ま、もし次来たら……その時は助手二号になってもらうけどな。
また会おう、柚月。